大阪地方裁判所 昭和43年(行ウ)748号 判決 1976年1月20日
大阪市生野区勝山南二丁目六番一七号
原告
小北忠次郎
右訴訟代理人弁護士
山田一夫
同
細見茂
同
金谷康夫
同
川西渥子
同
西元信夫
大阪市生野区勝山北五丁目二二番一四号
被告
生野税務署長
橋本房利
大阪市東区大手前之町
被告
大阪国税局長
徳田博美
東京都千代田区霞ケ関一丁目一番地
被告
国
右代表者法務大臣
稲葉修
右被告ら訴訟代理人弁護士
川村俊雄
右被告ら指定代理人
河原和郎
同
秋本靖
同
筒井英夫
同
河本省三
被告署長及び同局長指定代理人
今福三郎
同
山中忠男
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1. 被告生野税務署長(以下被告署長という)が原告に対し、昭和四一年六月三〇日付でした原告の昭和四〇年分所得税の総所得金額を金九一八、九六二円(被告大阪国税局長の裁決により一部取消された後の金額)とする更正処分のうち、金六三七、五〇〇円を超える部分を取消す。
2. 被告大阪国税局長(以下被告局長という)が昭和四三年四月二六日付でした、原告の審査請求に対する裁決を取消す。
3. 被告国は原告に対し、金五万円とこれに対する昭和四三年四月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
4. 訴訟費用は被告らの負担とする。
5. 第3項につき仮執行宜言。
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
主文と同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1. 原告はクリーニング業を営んでいる者であるが、昭和四〇年分所得税につき被告署長に対し、総所得金額を金六三七、五〇〇円とする確定申告(白色)をしたところ、被告署長は、同四一年六月三〇日付で右総所得金額を金一、一六二、九〇〇円とする更正処分をした。原告はこれを不服として被告署長に対し異議申立をしたが棄却されたので、さらに、同年一〇月二〇日被告局長に対し審査請求をしたところ、同被告は同四三年四月二六日付で総所得金額を金九一八、九六二円とする更正処分一部取消の裁決をした。
2. しかし、被告署長の本件更正処分(右裁決で一部取消された後のもの、以下同じ)には次のような違法があるから、確定申告額の金六三七、五〇〇円を超える部分についての取消を求める。
(一) 原告の総所得金額は確定申告のとおりであり、本件更正処分は原告の所得を過大に認定している。
(二) 本件更正処分の通知書には理由の記載を欠いており、これは不服審査制度における争点主議に反する。
(三) 本件更正処分は、原告の生活と営業を不当に妨害するような方法による調査に基づくものであり、正当な調査手続を履践せず、かつ、十分な調査による根拠なくして単なる見込みでなされたものである。
(四) 本件更正処分は、原告が民主商工会の会員である故をもって他の納税者と差別し、民主商工会の弱体化を企図してなされたものである。
3. また、被告局長の本件裁決には次のような違法があるから、その取消を求める。
本件裁決は、原告の要求にもかかわらず原処分庁に弁明書の提出を求めず、さらに、原告が原処分の理由となった事実を証する書類の閲覧を請求したのに対し、実質的にこれを拒否し、行政不服審査法二二条、三三条二項に違反した手続によりなされたものである。
4. 被告国は次の理由により、原告に対し損害賠償をなすべき義務がある。
被告局長は、原告の本件審査請求に対し、速やかに裁決をすべきであり、また、それができたにもかかわらず故意にこれを遅延させ、二年間もこれを放置して原告の速やかに行政救済を受ける権利を違法に侵害した。また、この間被告署長は本件更正処分に基づき原告の家屋を差押えて長期間にわたりその利用を困難ならしめた。原告はこれらにより有形無形の損害を蒙ったが、これは、被告国の公権力の行使にあたる被告局長、同署長の違法な職務執行により生じたものであり、これを慰籍する金額としては少なくとも金五万円をもって相当とする。
よって、原告は被告国に対し、国家賠償法一条に基づき金五万円とこれに対する被告局長、同署長の原告に対する不法行為の日以後である昭和四三年四月二六日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告らの認否
請求原因1の事実を認め、同234の各主張を争う。ただし同3につき、被告局長が原処分庁に弁明書の提出を求めなかったことは認める。また、被告局長は、原告の書類閲覧請求に対し、昭和四〇年分所得税の更正処分および過少申告加算税の賦課決定決議書ならびに、年所得税の異議申立決定決議書の閲覧を許可している。また、同4につき、被告署長が原告所有の家屋を差押えたことは認める。
三 被告署長の主張
1. 本件更正処分の経過
被告署長の部下職員は、原告の昭和四〇年分の所得税の調査をするために、前後三回にわたり原告と面接し、原告に対して事業に関する帳簿書類の提示を求めたところ、原告は売上に関する月別集計表を提示したのみで、その他の帳簿書類を提示せず、しかも、原告の説明によっても確定申告の所得金額の計算過程を知ることができなかったため、やむをえず原告および同業者等を調査した結果に基づいて原告の所得金額を計算したところ、原告の申告額と相違したので、本件更正処分をしたものである。
2. 原告の昭和四〇年分の総所得金額
(一) 原告の昭和四〇年分の所得金額の明細は、別表一、A欄記載のとおりであり、総所得金額は金一、二二二、四四二円であるから、この範囲内でなされた被告署長の更正処分に違法はない。
(二) 必要経費の内訳は別表二、A欄のとおりである。このうち、原告の申立額と金額の異る科目についての明細ならびに算定方法は別紙のとおりである。
四 被告署長の主張に対する原告の答弁
被告署長主張の総所得金額および必要経費の各明細についての認否ならびに原告の主張金額は、それぞれ別表一、二の各B欄のとおりである。
また、別紙(必要経費の算定方法)については、(1)の公租公課のうち<2>の固定資産税等の税額二、七二五円は争う。すなわち、原告の建物のうち事業の用に供している部分の建物延面積に対する割合は七割である。また、他に事業用の自動二輪車関係の税金およびクリーニング機械についての償却資産税もあった。
同(2)のうち<2>の通常家庭の電灯使用量が一か月一〇〇キロワット時との主張および<4>の通常家庭のガス代支払金額が一か月約一、〇〇〇円との主張は争う。
同(3)は争う。接待交際費として金一三、六〇〇円は必要であった。
同(4)については否認する。このほかにも事業用の商品についての火災保険料があった。
同(5)については争う。このほかに自動二輪車についても減価償却が必要である。
同(6)については争う。雇人としては他に臨時雇(スケ)が入っていた。また、食費については雇人に一日三食提供していたので、雇人一人あたり一か月一万円、二三か月(雇人の延べ稼働月数)で金二三万円の支出があった。
同(7)については、前述の如く、事業用地代を二分の一としている点を争い、その余は認める。
理由
一、請求原因第1項の事実は当事者間に争いがない。
二、原告の被告署長に対する請求について。
原告は、被告署長(以下この項において単に被告という)の本件更正処分に原告の所得を過大に認定した違法と、手続的違法がある旨主張するので、まず、原告の総所得金額につき検討し、ついで手続的違法の存否について判断する。
1. 原告の昭和四〇年分総所得金額について
別表一、のうち収入金額、売上原価、専従者控除については当事者間に争いがなく、また別表二、の必要経費の明細中、公租公課、水道光熱費、接待交際費、火災保険料、減価償却費、雇人費、地代家賃を除く科目についても当事者間に争いがない。そこで、右争いのある科目について、別紙における被告の主張の順に検討する。
(一) 公租公課
その方式および趣旨により真正な公文書と推定される乙第二号証によれば、原告が昭和四〇年中に支払った事業税額は金一三、二一〇円であることが認められる。また、同年分の固定資産税および都市計画税の支払総額が金五、四五〇円であることは、原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなされる。被告は、右金五、四五〇円は原告が同年度において所有していた住居地の居住用兼事業用の建物全体について支払われたものであるから、右金額に建物の延面積に占める事業供用割合である二分の一を乗じた額が必要経費に算入すべき額であり、右の割合は原告も確定申告時に認めていた旨主張し、これに沿う証拠として成立に争いのない乙第五号証(四〇年分の所得税の確定申告書)を挙示している。すなわち、右乙第五号証には総所得金額から控除すべき損害保険料として、原告が興亜火災海上保険株式会社に同年中に支払った金五、四九五円の二分の一に相当する金二、七四七円が記載されているところ、これは右建物の家事使用分を示すものであるというのである。他方、原告は、居住用部分も事業のために使用することがあったから、事業供用部分の割合は右建物の七割であると主張している。ところで、原告の昭和四〇年分の所得税の確定申告書(乙第五号証)に前記の記載があることから直ちに事業供用割合が五割であると断定することはできず、また、原告が申告時に火災保険料控除額を支払金額の五割として計算していたからといって、本訴においてこれと異る主張をすることが許されないわけでもない。そして、証人金谷幸雄の証言、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、原告の前記建物は二階建で、一階と二階の建坪はほぼ同じであり、一階には店舗および作業場、台所等があり、二階には原告家族等の居住用の部屋および洗濯物の干し場があること、右居住用の部屋にも、雨天の際などは臨時に洗濯物を干したり、仕上った品物を集積したりすることがあることが認められ、これらの事実を勘案すると、右建物の事業供用割合は六割と認めるのが相当である。したがって、固定資産税および都市計画税は次のとおり金三、二七〇円となる。
五、四五〇×〇・六=三、二七〇円
次に、赤字記載部分については、証人岡本彰の証言により真正に成立したことが認められ、その余の部分については成立に争いのない乙第四号証および証人金谷幸雄の証言によれば、原告は同年度に自動二輪車一台を所有しており、これに対する軽自動車税金一、五〇〇円を納付したことが認められるところ、これは必要経費としての公租公課に算入されるべきものといわねばならない。
なお、原告は同年中に他にクリーニング機械の償却資産税が存在した旨主張し、右は固定資産税の一として納められるべきものであるが、原告がこれを支払った事実は本件全証拠によってもこれを認めることができない。
よって、公租公課の額は次式のとおり金一七、九八〇円となる。
(事業税) (固定資産税等) (軽自動車税)
一三、二一〇円+三、二七〇円+一、五〇〇円=一七、九八〇円
(二) 水道光熱費
このうち、水道料金六、六二四円およびガス代支払総額金六四、五二四円については、原告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなされる。また、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第三号証の一、二によれば、原告は大口電灯料として金九二、一三三円、小口電力料として、金二〇、一四二円を支払った事実を認めることができる。ところで、被告は、電灯料金およびガス代の一部が家事に使用されたとして、電灯料については通常家庭の一か月の使用電灯量を一〇〇キロワット時とした一年分一、二〇〇キロワット時に相当する料金を、ガス代については通常家庭の一か月の使用料金を一、〇〇〇円として一年分の金一二、〇〇〇円を、それぞれ総支払額から控除すべき旨主張する。しかし、本件においては、通常家庭の一か月の使用電灯量が一〇〇キロワット時であること、および一か月のガス代金が金一、〇〇〇円であることを認めるに足る証拠は存在しないから、被告の右主張を容れることはできない。なお、成立に争いがない乙第六号証(家計調査年報)の統計によれば、同年度における大阪市の一世帯当たり年平均一か月間の電気・ガス代金は金一、九一六円であることが認められるが、同号証によれば、右統計は世帯人員が四・二〇人の標準家庭の支出を示すものと認められるところ、原告本人尋問の結果によれば、原告の家族は原告本人、妻、長男の三名であったことが認められるから、右統計資料から原告の光熱費の家事使用分を算出することは妥当ではないというべきである。従って、家事使用分については結局証明がないことに帰するから、水道光熱費としては次式のように原告の支払総額をもって必要経費となすべきである。
六、六二四円+九二、一三三円+二〇、一四二円+六四、五二四円=一八三、四二三円
(三) 接待交際費
前掲乙第四号証には、接待交際費として同年七月に金八、六〇〇円、八月に金五、〇〇〇円の各支出をした旨の記載があるが、その内容については、証人金谷幸雄の証言と、原告本人の供述との間に一部食い違いがあるうえ、右各証拠によっても実際に必要経費としての支出があったか否かは明らかでなく他に、右事実を認定するに足る証拠がないので、これを必要経費として認めることはできない。
(四) 火災保険料
成立に争いのない乙第五号証によれば、原告は同年中に興亜火災海上保険株式会社に原告所有の前記建物についての火災保険料として金五、四九五円を支払った事実を認めることができ、被告はこのうちの二分の一のみが事業供用部分の保険料として必要経費に算入しうるものであると主張しているが、前記のとおり、右建物の事業供用割合は六割と認めるべきであるから、右保険料については次式のとおり金三、二九七円となる。
五、四九五円×〇・六=三、二九七円
また、証人金谷幸雄の証言および右証言により真正に成立したと認められる甲第二号証によれば、原告は、右の保険会社とは別に富士火災中央支部に建物と家財につき同年中に金五、三五〇円の保険料を支払ったこと、右の家財の中には営業用家財も含まれていることが認められる。すると、右の保険料についてもその六割が事業に関する保険料と推認するのが相当であるから、これを前同様に次式によって計算すると金三、二一〇円となる。
五、三五〇円×〇・六=三、二一〇円
したがって、火災保険料は次のとおり、合計金六、五〇七円となる。
三、二九七円+三、二一〇円=六、五〇七円
(五) 減価償却費
(1) 減価償却資産について
証人金谷幸雄の証言によれば、原告が昭和四〇年六月に取得したクリーニング機械の取得価額は金一五〇万円であった事実が認められ、昭和四〇年一月以前に取得したクリーニング機械の取得価額については、同証人は金三〇万円よりやや高額であったように思う旨証言するが、具体的な金額については明らかでないので、右機械については金三〇万円をもって取得価額とするのが相当と認める。そして、右各取得価額を基礎に所得税法四九条、同法施行令一二〇条、一二五条、一三一条、同法施行規則三二条ならびに固定資産の耐用年数等に関する省令別表二および別表一〇に基づいて各機械の年償却額を計算すると、被告主張のとおり合計金一一七、三八二円となることが認められる。
(2) 建物について
証人金谷幸雄の証言および弁論の全趣旨によれば、店舗併用住宅(前記建物)および店舗改築分の各取得価額は、それぞれ被告主張のとおりであることが認められる。そして、店舗併用住宅分について被告は、その二分の一が事業供用部分であるとしているが、前記のとおりその六割を事業供用部分とすべきであるから、右建物についてはこの点を修正し、(1)記載の法令および、固定資産の耐用年数等に関する省令別表一および別表一〇に基づいて計算すると年償却額は店舗併用住宅につき次式のとおり金四、九九五円、店舗改築分については被告主張のとおり金二三、九七六円、合計金二八、九七一円となる。
二五万円×〇・九×〇・〇三七×〇・六=四、九九五円
四、九九五円+二三、九七六円=二八、九七一円
(3) 自動二輪車について
証人金谷幸雄の証言によれば、原告は同年度において右のほか減価償却資産として自動二輪車を所有しており、その取得価額は約金一五万円であったことが認められるから、右金額を基礎に(1)記載の法令および前記省令別表一および別表一〇に基づいて年償却額を計算すると、次式のとおり金四四、九五五円となる。(耐用年数三年、償却率〇・三三三)
一五万円×〇・九×〇・三三三=四四、九五五円
(4) よって、以上を合計すると減価償却費は次式のとおり金一九一、三〇八円となる。
一一七、三八二円+二八、九七一円+四四、九五五円=一九一、三〇八円
(六) 雇人費
(1) 前掲乙第四号証の赤字記載部分および証人岡本彰の証言によれば、原告は同年中に次表の雇人に対し同表B、C欄のとおり、賃金を支払ったことが認められる。
<省略>
ところで、乙第四号証雇人欄中赤字部分を除いた部分には、右表の各雇人に対し、同表D欄記載の各賃金が支払われた旨の記載があり、証人金谷幸雄の証言ならびに原告本人尋問の結果中には、右記載に沿う部分がある。しかし証人岡本彰の証言によれば、同人が生野税務署の所得税第四係長として、昭和四一年二月ころに二回原告方店舗に所得税調査のため赴いた際および同年三月に原告が納税相談に生野税務署に来た際、右岡本は雇人について前記認定通りの各事実(前表AないしC欄記載の事実)を原告から聴取していること、その後同年六月ころ生野民主商工会の事務局員が乙第四号証(経費明細表)を生野税務署に提出したが、右乙第四号証の雇人費の記載が以前に原告から聴取した金額と異っていたため、岡本は原告に出頭を求めたうえ、右書類を示さずに改めて雇人費につき質したところ、原告は以前に聴取した金額(前記認定額)に合致する額を申し述べたので、岡本が乙第四号証の雇人費の明細の部分に赤字で右聴取額を書き込んだこと等の事実が認められ、右事実に照らすときは、前記乙第四号証の赤字部分および証人金谷幸雄の証言ならびに原告本人尋問の結果中、前記認定に反する部分は、いずれも措信できない。
(2) 臨時雇について
証人金谷幸雄および原告本人尋問の結果中には、原告は昭和四〇年中に臨時雇(いわゆるスケ)を使用した旨の供述部分があるが、証人岡本彰の証言によれば、原告は臨時雇を使用したことを前記岡本との面接の際一度も申述していなかった事実が認められ、また、前掲乙第四号証にも右臨時雇については何らの記載もないことを考えると、右各供述部分はにわかに措信し難く、他にこれを認めるに足る証拠がない。したがって、臨時雇人費についてはこれを認めることができない。
(3) 食費について
被告は雇人の食費として一年間に一〇万円の支出があった旨主張し、原告は、雇人には一日三食提供し、一人につき一か月一万円を要するから、同年中に延べ二三か月分金二三万円の支出があったと主張する。ところで、前掲乙第四号証の赤字記載部分によれば、原告方に住込みで働いていた雇人は谷および佐藤であったことが認められ、右の雇人には三食分の支給があったと確認されるが、他の雇人に対しては必ずしも三食全部を提供していたとは認め難く、また、一人につき一か月金一万円を要したとの点についても、前掲乙第六号証の家計調査の統計資料(四・二人の標準家庭の一月の食費が金二一、一五〇円)に照らすときは、多額に過ぎるものであってこれを肯認することができず、右原告主張事実に沿う原告本人の供述部分はにわかに措信し難く、一方、被告主張の年間金一〇万円というのも少額に過ぎると考えられる。そして、以上の事実ならびに本件に現れた諸事情を考慮すると、食費としては一人一か月金六、〇〇〇円として、これに同年中の雇人の延べ稼働月数二三か月(前表参照)を乗じて次式のとおり計算した金一三八、〇〇〇円をもって相当と認める。
六、〇〇〇円×二三=一三八、〇〇〇円
したがって、雇人費は合計七二七、〇〇〇円となる。
五八九、〇〇〇円+一三八、〇〇〇円=七二七、〇〇〇円
(七) 地代・家賃
家賃が金七二、〇〇〇円であったことは、当事者間に争いがなく、地代については、被告は前同様総支払額金一八、〇〇〇円(この金額については当事者間に争いがない)の五割が建物に対応する事業供用部分の地代であると主張するが、前記認定のとおり、右割合は六割とすべきであるから必要経費に算入さるべき地代は次式のとおり金一〇、八〇〇円となり、家賃との合計は金八二、八〇〇円となる。
一八、〇〇〇円×〇・六=一〇、八〇〇円
一〇、八〇〇円+七二、〇〇〇円=八二、八〇〇円
よって、必要経費の額は、別表二、C欄のとおり金一、八七四、四七八円となり、総所得金額は別表一、C欄のとおり金一、一〇四、八三二円となる。そして、右金額は、本件更正処分の総所得金額金九一八、九六二円(被告局長の裁決により一部取消された後のもの)を上回るものであるから、結局被告署長の本件更正処分に所得過大認定の違法はない。
2. 手続的違法の主張について
原告は本件更正通知書に理由の記載を欠く違法があると主張する。しかし、原告が白色申告者であることは当事者間に争いがなく、白色申告者に対しては更正の理由付記は法律上要求されていないから、本件更正通知書に理由の記載がないことは何ら違法事由とはならない。
また調査方法の違法、見込み課税の違法および他事考慮の違法の各主張については、これを認めるに足りる証拠がない。
したがって、手続的違法の主張はいずれも採用できない。
三 原告の被告局長に対する請求について。
被告局長が原処分庁たる被告署長に対し弁明書の提出を求めなかったことは、当事者間に争いがない。しかし、審査手続に関して現行の国税通則法九三条のような規定のなかった本件裁決当時においては、審査庁が処分庁に対し行政不服審査法二二条により弁明書の提出を求めるか否かは、審査庁の裁量に委ねられていたと解すべきことは、同条の文理上明らかであり、本件において被告局長が弁明書の提出を求めなかったことが、裁量権の範囲の逸脱ないし裁量権の濫用であると認むべき何らの事由もない。
また、弁論の全趣旨によれば、被告局長は、原告から処分の理由となった事実を証する書類の閲覧請求があったのに対し、本件更正処分および加算税の賦課決定決議書、本件異議申立決定議書の閲覧を許可したことが認められるが、本件では、これ以外の書類が、原処分庁から被告局長に提出されていたことを認めるべき資料もなく、被告局長において、原処分庁に不提出書類の提出を要求して原告に閲覧させる義務もない。
したがって、本件裁決には何らの違法がない。
四 原告の被告国に対する国家賠償請求について。
前示のとおり、原告が、昭和四一年一〇月二〇日、審査請求をしたのに対し、被告局長が昭和四三年四月二六日、本件裁決をしたことは当事者間に争いがない。この事実によれば、審査請求から裁決までの期間は約一年六か月であるが、同被告が、同種事案を大量的に処理しなければならないことを考慮すると、この程度の遅延をもって、直ちに原告の速やかに行政救済を受ける権利が侵害されたとはいい難い。また、本件更正処分に何らの違法もないことが明らかな以上、被告署長による原告所有の家屋の差押(当事者間に争いがない)も違法ということができないから、原告の右請求は理由がないというほかはない。
五 結論
よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥村正策 裁判官 辻中栄世 裁判官 山崎恒)
別表1 総所得金額の明細
<省略>
別表2 必要経費の明細
<省略>
別紙(必要経費の算定方法)
(1) 公租公課 15,935円
<1> 事業税 13,210円
<2> 固定資産税および都市計画税 2,725円
原告が昭和40年に所有していた建物(当時の住居表示で生野区北生野町2丁目4所在)に対する固定資産税として支払った税額は金5,450円であるが、上記建物は居住用と事業用の両用に供しているので、右税額に、建物の延面積に占める事業供用部分の面積の割合(2分の1)を乗じて算出。
計算式 5,450円×0.5=2,725円
(2) 水道光熱費 157,206円
<1> 水道料 6,624円
<2> 電灯料 77,916円
原告の同40年中における電灯使用量は7,780キロワット時であり支払金額は92,133円であるが、このうちには家事使用分が含まれているので、上記金額から通常家庭の1年間の電灯使用量1200キロワット時(1か月100キロワット時)に対応する金額を控除して算出。
計算式 <省略>
<3> 電力料 20,142円
<4> ガス代 52,524円
原告の同年中におけるガス料金の支払金額は64,524円であるが、このうちには家事使用分が含まれているので、上記金額から通常家庭のガス代支払金額1か月約1,000円として1年分の12,000円を控除して算出。
計算式 64,524円-12,000円=52,524円
(3) 接待交際費 0円
原告の申立額は13,600円であるが、、支出の明細が明らかでなかったので所得の必要経費とは認められない。
(4) 火災保険料 2,747円
原告の同年中の火災保険料支払額は、5,495円であるが、このうちには建物の居住部分に対応する保険料も含まれているから、この割合(前述のとおり2分の1)を上記金額から控除して算出。
計算式 <省略>
(5) 減価償却費
<1> 減価償却資産 117,382円
クリーニング機械について所得税法49条、同法施行令120条、125条、131条同法施行規則32条ならびに固定資産の耐用年数等に関する省令別表2および別表10に基づいて以下のとおり算出。
<省略>
<2> 建物 28,138円
原告所有の建物について、<1>記載の所得税法等ならびに固定資産の耐用年数等に関する省令別表1および別表10の規定に基づいて以下のように算出。
<省略>
なお、上記建物のうち(イ)の店舗併用住宅分には、原告の居住部分についての償却分も含まれているので、事業供用部分の割合(2分の1)を全体の償却額に乗じて算出。
(6) 雇人費 689,000円
原告は同年中に以下の雇人に次のとおり給料を支払った。また、食費として1年間10万円の支出をしたと推定される。
<省略>
(7) 地代、家賃 81,000円
<1> 地代 9,000円
原告は訴外牧嘉六から居住土地(前記生野区北生野町2丁目4番地)を賃借しており、同年中に地代として18,000円を支払った。この土地上には原告所有の前記建物が存在するが、その事業供用部分と居住部分との割合は前記のとおり1対1であるから、支払地代のうち事業所得の必要経費に算入される金額も上記金額の2分の1の9,000円となる。
計算式 <省略>
<2> 家賃
原告が訴外大西康暢から同年当時に賃借していた店舗(生野区南生野町3丁目60番地所在)の家賃である。